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東京地方裁判所 昭和63年(刑わ)3134号 判決 1989年7月20日

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、いわゆる戦旗共産主義者同盟の組織に所属する者であるが、同組織に所属する数名の者と共謀の上、警察関係者、いわゆる成田第二期工事関係の業者等が使用する自動車に関して、偽名を用いて自動車登録事項等証明書の交付を受けようと企て

第一  昭和六三年四月一四日、茨城県水戸市住吉町三五三番地所在の関東運輸局茨城陸運支局において、行使の目的をもって、ほしいままに、登録事項等証明書交付請求書用紙合計七通の各自動車登録番号欄に、別表一記載のとおり、「水戸○○す○○○○」などと記載し、同用紙の各請求者氏名及び住所欄に「A」「水戸市栄町《番地省略》」と冒書し、いずれもその名下に「A」と刻した印を冒捺し、もって、A作成名義の前記請求書合計七通を偽造した上、同日、同所において、同支局係員に対し、これらを真正に作成したもののように装って提出して行使した

第二  同年五月六日、前記茨城陸運支局において、行使の目的をもって、ほしいままに、登録事項等証明書交付請求書用紙合計一〇通の各自動車登録番号欄に、別表二記載のとおり、「品川××や××××」などと記載し、同用紙の各請求者氏名欄及び住所欄に「B」「水戸市栄町《番地省略》」と冒書し、いずれもその名下に「B」と刻した印を冒捺し、もって、B作成名義の前記請求書合計一〇通を偽造した上、同日、同所において、同支局係員に対し、これらを真正に作成したもののように装って提出して行使した

ものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第二の各所為中、登録事項等証明書交付請求書の各偽造の点はいずれも刑法六〇条、一五九条一項に、偽造にかかる同請求書の各一括行使の点はいずれも同法六〇条、一六一条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一及び第二の各偽造有印私文書一括行使はいずれも一個の行為による場合であり、判示第一及び第二の各有印私文書偽造とその各一括行使との間にはそれぞれ順次手段結果の関係があるので、いずれも同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局それぞれ犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑で処断することとし、右は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件登録事項等証明書交付請求書は刑法一五九条一項にいう「権利、義務又ハ事実証明ニ関スル文書」に該当しない旨主張するので、判断するに、自動車の登録事項等を証明する制度は、自動車に関する権利関係等を明確に証明するとともに、自動車の安全、防犯等の公益的な目的にも資する面を有するところ、これが制度本来の趣旨に反する不当な利用目的に供されるとすれば、それは同証明書を交付するに当たり吟味されるべき事柄であり、特に自動車の登録が義務づけられ、かつ、罰則をもって担保されている関係から、登録事項の公開につき所有者又は使用者が必ずしも同意しているものとはいえない状況等に照らして、そのような不当な利用目的による交付請求に対しては、当然これを制限する必要があるものといわなければならず、もとより行政当局としても、これに容易に応じない態度をとることができるものと解される。その意味において、自動車登録事項等証明書の交付請求に当たり、自動車登録規則二四条等により、一定の様式による申請書が求められているのは、証明書交付事務の円滑・適正な遂行を図る趣旨ばかりではなく、請求者の氏名又は名称、住所、交付を受ける理由等を記載させることにより不当な利用目的の交付請求を抑制する趣旨をも含むものと解されるところである。したがって、登録事項等証明書交付請求書は、このような社会的な利害関係を有する事実を証明する文書として、刑法一五九条一項にいう「事実証明ニ関スル文書」に該当するものと解するのが相当であるから、弁護人の右主張は採用することができない。

また、弁護人は、かりに本件登録事項等証明書交付請求書が刑法一五九条一項にいう文書に該当するとしても、同請求書を架空人名義で作成、行使することにより、文書に対する社会的な信用が害されるおそれは低いから、本件被告人の各行為は可罰的違法性を欠くものである旨主張するので、判断するに、被告人の本件各犯行は、成田空港の第二期工事の遂行に反対して、警察関係者、工事関係業者等につき調査を行う目的で、それらの者が使用する自動車の登録事項等証明書を入手することを企図し、架空人名義で、社会的な利害関係を有する事実を証明する文書として社会的・公共的な信用を有する登録事項等証明書交付請求書合計一七通を偽造し、二回にわたり一括行使した事案であって、その犯行の動機・態様・結果等に照らして、もとより可罰的違法性を帯有するものといわなければならないから、弁護人の右主張も採用することができない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中山善房 裁判官 六車明 伊藤雅人)

<以下省略>

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